大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(行)32号 判決 1966年9月20日

原告 国

訴訟代理人 小林定人 外二名

被告 公共企業体等労働委員会

被告補助参加人 溝渕栄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告-(一)被告が公労委昭和三五年(不)第六号事件について昭和三七年三月一五日付でした命令を取消す。(二)訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告-主文同旨

第二、請求原因

一、溝渕栄は原告に雇用され、現在高松市高松郵便局(以下「高郵局」という。)に勤務中の者であるが、原告は、溝渕に対し昭和三五年一月二八日松山郵政局長名義で、「同人は昭和三四年一二月二一日高松鉄道郵便局(以下「高鉄郵局」という。)における休暇斗争ならびに勤務時間内の職場大会を実践指導し、多数の職員をこれに参加させ、業務の正常な運営を阻害するなど公衆に多大の迷惑を及ぼした」、という理由で、減給二月間俸給月額の一〇分の一の処分をした。

二、ところが、溝渕は、右減給処分は労働組合法第七条第一号の規定に反する不当労働行為であるとし、昭和三五年七月二五日付で郵政大臣を被申立人として、被告委員会に救済の申立をした。これに対し、被告委員会は、溝渕に対する減給処分は同人の日常の組合活動の故にされたものであると判断し、昭和三七年三月一五日付で、「被申立人(郵政大臣)は、昭和三五年一月二八日付の申立人(溝渕)に対する減給二月間俸給月額一〇分の一の処分を取消さなければならない。」との命令(以下「本件命令」という。)を発し、その命令書の写は、昭和三七年三月一六日郵政大臣あてに交付された。

三(一)  しかしながら、原告が溝渕を処分したのは、もつぱら前記一の理由によるものである。すなわち、

1 全逓信労働組合(以下「全逓」という。)は、昭和三四年秋期年末斗争において、郵政省の全逓との団体交渉拒否に対し、実力で団体交渉の再開を図ることを主目的として、同年一二月一五日「(一)一二月二一日から二三日の三日間、別に指定する支部は、三割休暇戦術に突入せよ。(二)各鉄道郵便局支部は一二月二一日三割休暇及び二時間の時間内喰い込み職場大会に突入せよ。」との斗争指令第四号(以下「本件本部指令」という。)を全国の各下部機関に発出した。

2 溝渕は、当時全逓香川地区本部(以下「地区」という。)執行委員として責任ある地位にあつたにもかかわらず、本件本部指令に基づく行為が公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)第一七条の禁止する違法な争議行為であることを了知しながら、しかも郵政省側の再三の警告を無視して、全逓香川地区執行委員長峰見義男ら組合幹部と共謀のうえ、本件本部指令に従い、一二月二一日高鉄郵局支部における三割休暇斗争および勤務時間内二時間喰い込みの職場大会ならびに高郵局支部における三割休暇斗争を企画指導してそれぞれこれを実施せしめるとともに、みずからも高鉄郵局支部の職場大会々場に予定された高松市内町桃の井旅館に前日夕刻頃から投宿し、二一日午前四時二〇分頃から同六時過頃までの間、同旅館内において職場大会を実践指導し、その間同日午前六時頃同旅館前の道路上において立哨する等のこともあり、更にまた同日午前六時過頃から高郵局前において高郵局支部が行なつた三割休暇斗争の完全実施のための監視に当つた。

3 溝渕の右所為は国家公務員としての職務上の義務に著しく違反するので国家公務員法第八二条の各号に該当するとともに、公労法第一七条にも違反する。したがつて、松山郵政局長が国家公務員法第八二条および人事院規則一二-〇に基づいて前記処分をしたことは正当である。

(二)  仮りに右処分理由がいずれも根拠のないものであり、かつ高郵局前における全逓高郵局支部の三割休暇斗争監視の事実が処分説明書に記載されていないとの理由をもつて本件処分の事由として主張することが許されないとしても、本件処分は、単にやむを得ない事実誤認からなされたものにすぎない。すなわち、

1 本件本部指令の付属文書「斗争指令第四号発出について」によれば、「積替要員の場合は地区で指定する便(最重要便とする)の発車一時間前から職場大会を開催する」、「休暇人員の端数の取扱い、休暇人員の便ごとの割りふりについては地区に一任する」旨記載されており、また、第一三回全逓香川地区定期大会議案報告書中の本件斗争に関する経過報告書によれば、「本件本部指令による一二月二一日よりの実力行使局を地区は地区指令第四号をもつて次のとおり指定し突入した」とし、「実力行使実施局及び指導責任者として高郵局-峰見委員長、高鉄郵局-森書記長」と記載されている。これらの事実からすれば、高郵局支部および高鉄郵局支部の斗争は香川地区がこれを企画指導実施させたものであり、したがつて、同地区執行委員たる溝渕が当然これに関与していたと誤認することもやむを得ない。

2 また、一二月二一日午前六時頃桃の井旅館玄関前道路上で溝渕を現認した管理者側の山田課長、芦原庶務主事としては、地区執行委員たる同人が現に違法な職場大会が開催される時刻(寒気きびしい未明の刻)に、その会場である右旅館前の道路上にいたことから右職場大会に参加して実践指導し、あるいは立哨しているものと考えたとしても不自然ではない。

四  以上により、原告のした本件減給処分を溝渕が正当な組合活動をしたことを理由になされた不当労働行為と認定した被告委員会の命令は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の答弁および主張

一、答弁

請求原因一、二の事実は認める。

同三については、(一)1の事実、同2のうち一二月二一日全逓高鉄郵局支部が郵政省側の警告にもかかわらず原告主張の職場大会および三割休暇斗争を実施し、当時溝渕は原告主張の組合役員の地位にあつて右三割休暇斗争の監視に当り、二〇日夜桃の井旅館に宿泊し、翌二一日午前六時頃同旅館前道路上にいた事実を認め、その他は争う。

同四の主張は争う。

二、主張

(一)  原告が本訴において主張する処分理由は、被告委員会の審査の過程において被申立人(郵政大臣)が主張した理由よりもその範囲が拡大されている。本件のように審決の適否を対象とする訴訟において、その判断の基礎は当事者が審査の段階で主張した事実および提出した証拠資料に限定されるべきであり、新たな事実の主張や証拠の提出は許されないものというべきである。

(二)  なお、本件命令は、行政機関である郵政大臣に対してなされたものであり、同命令により取消を命ぜられている懲戒処分も行政処分である。また郵政大臣は、公労法第二条第一項第二号イの事業を行なう企業の代表者でもある。したがつて、本件命令の取消訴訟において原告となるべきものは郵政大臣であり、原告には本訴の当事者適格がない。

第四、被告の主張に対する原告の反駁

一、主張(一)に対して

被告委員会の命令に対する抗告訴訟において裁判所が右命令の適否を審査するに当つては、被告委員会のした事実認定に拘束されるものでなく、委員会の審査過程で提出された主張、証拠に限らず訴訟に顕われたすべての主張、証拠を資料として独自にその判断をなし得ることは、一般の行政処分の適否について判断する場合と異なるところがない。

二、同(二)に対して

被告委員会が取消を命じた本件減給処分は、松山郵政局長が行政権の主体である国の機関として国を代表して行つたものであり、その行為の効果の帰属者は国であるから、本件訴訟につき国が当事者としての適格を有することはいうまでもない。

第五、補助参加人の主張

一、全逓はいわゆる単一労働組合であつて、地方本部、地区、支部はその組合運営のための機関にすぎず、しかも昭和三二年以降斗争時にはとくに中央本部の統制力を強化し、右各機関は中央本部の指令、指示に拘束されるものとされ、その実施も中央本部役員またはその指定する者によつてなされていた。したがつて、本件本部指令の発出により、高鉄郵局支部高郵局支部も直ちにこれに拘束されることになつたのである。このような状況の下で行われた一二月二一日の高鉄郵局支部の組合活動につき溝渕が関与したと称するのは、郵政当局がそのような事実がないことを知りながら、同人の日常における組合活動を嫌悪したためである。

二、本訴において処分理由を追加することは、国家公務員法が処分に当つては本人の請求によりその処分理由を明らかにすることを要する旨規定している趣旨に徴しても許されない。懲戒理由の追加自体、本件処分の不当労働行為性の有力な徴表である。

第六、証拠<省略>

理由

一、請求原因一、二の事実は、当事者間に争がない。

二、以下、原告が本件命令を違法とする論拠について順次検討する。

(一)  三割休暇斗争および職場大会の企画指導について

<証拠省略>によれば、本件本部指令の付属文書には、鉄道郵便局における休暇斗争および職場大会に関し「積替要員の場合は、地区で指定する便(最重要便とする)の発車一時間前から職場大会を開催する。」、「乗務要員は、三割休暇とするが、一便の最高休暇者は五割を限度とする。なお端数の取扱いは地区に一任する。休暇人員の算出は当日出勤人員の三割とし、その員数に予備定員(当日の予備定員)を加えたものとする。右によつて算出された人員をどの便に割振るかは地区に一任する。」旨記載されており、また<証拠省略>によれば、全逓香川地区は、斗争委員長峰見義男名義で一二月一七日各支部長あてに本件本部指令に基づき「一、指令第一項による三割休暇斗争実施局を高郵局と指定する。二、高鉄局は一二月二一日時間内喰い込み二時間の職場大会を実施せよ。実施については、全国戦術委員会決定に基づく。三、前二項の態勢を確定するため、両支部は一七日戦術会議を開催せよ。四、<省略>、五、斗争指導の責任者は次のとおりである。高鉄郵局支部-森地区書記長、高郵局支部-峰見地区委員長」との指令を発していることが認められる。右事実に溝渕が香川地区執行委員であつたこと(当事者間に争いがない)を考え合わせると、溝渕は両支部における三割休暇斗争および職場大会の企画指導に当つたのではないかとの一応の推測を生ずる。しかし、<証拠省略>を総合すると、本件本部指令の実施方法については、第七回全国戦術会議において詳細に検討のうえその大綱が法定されていて、具体的な斗争の実施方法については、香川地区においてこれを決定するよりも現場の実情を直接に把握している右各支部が決めるのが適当であるとし、高鉄郵局支部にあつては同支部斗争委員会において、本件本部指令の付属文書により香川地区に決定権限が委ねられている事項をも含め、乙第七号証「斗指四号による戦略戦術一覧」記載のとおりその具体的実施方法を決定したものであること、高郵局支部にあつては、同支部斗争委員会において決定した方針に従い香川地区執行委員長峰見義男がその実施を指導する旨決めていたこと、溝渕は右両支部斗争委員会の委員でもなく、また右各委員会に出席したこともないこと、本件斗争に関して香川地区執行委員会が開催された事実はないこと、前記地区斗争指令の発出に関しても何ら関与しなかつたことが認められる。したがつて、溝渕が右両支部における三割休暇斗争および職場大会を企画指導した旨の原告の主張はこれを認めることができない。

(二)  桃の井旅館における職場大会の実践指導および立哨行為について

<証拠省略>によれば、高鉄郵局庶務会計課長山田重義、同課庶務主事芦原文明松山郵政局人事部管理課管理係須賀幸広の三名は、一二月二一日午前三時四〇分頃から、上司の命により高鉄郵局支部の行う時間内喰い込み二時間の職場大会の実施状況を監視するため、高鉄郵局の局舎と桃の井旅館との間の道路上を往復していた際、午前六時頃山田課長と芦原主事が同旅館玄関口前の道路上にいる溝渕と一回すれ違つたことが認められるが、同人が右職場大会を実践指導した事実については、これを認めるに足りる証拠がない。もつとも地区執行委員である同人が高鉄郵局支部の職場大会となつた旅館に宿泊し(争いがない)職場大会実施の予定の時間(前記乙第七号証により認める。)に同旅館にいたことは、同人が右大会を実践指導したのではないかとの一応の疑を抱かせるけれども、前記乙第七号証の一覧表中にも斗争委員として同人の氏名は掲げられていないのみならず、同人の供述によれば、同人はその前日地区の峰見執行委員長から、二一日午前六時頃には高郵局の前にいて休暇を指定された組合員が登庁して来た場合の説得に当つてくれと頼まれるとともに、その日は朝が早いからなるべく地区でかねて利用している桃の井旅館に泊るようにと言われ、溝渕自身も自宅は同局から四キロも離れており、病身の妻を朝早く起すのも気の毒だと考え、委員長のすすめに従つて同旅館に宿泊したものにすぎず、翌朝午前六時頃旅館を出て高郵局へ行こうとしたとたん山田課長らに出合つたことが認められるから、同人が職場大会を実践指導し、あるいは桃の井旅館の前で立哨に当つた旨の原告の主張はこれを認めるわけにはいかない。

(三)  原告は叙上の主張が認められないとしても、本件減給処分は上記推測事情から生じた事実誤認の結果なされたにとどまり、不当労働行為意思に基づくものではないとも主張する。

しかし、<証拠省略>によれば、溝渕は昭和二八年から三一年まで全逓高郵局支部執行委員、三一年から三四年五月まで同支部副支部長、三四年七月から三五年まで一年間香川地区執行委員であり、昭和三四年一一月から一二月中旬にかけて点検斗争を実施した際には高郵局管理者に対し労働基準法、労働協約の完全実施を強く要求し、同年一二月香川県議会議員らが高郵局長に面会して郵便物遅配の解消方を要請した際には遅配の責任は全逓にあるとの同局長答弁に対し具体的理由を挙げて強く反論するなど活発な組合活動を展開していたことが認められ、右事実に前記のとおり原告が本件減給処分の理由とする事実が認められないこと、さらに原告側の松山郵政局長において前記推測事情以上に真相を確かめるための調査をした形跡もなく右処分に及んだことを考え合わせると、本件処分は溝渕の正当な組合活動の故になされたものと推認するのが相当である。

(四)  したがつて被告委員会の本件命令に取消事由に該当する違法があるとする原告の主張は、すべてその理由がない。

三(一)  なお、被告は、救済命令の司法審査の判断資料は、労働委員会の審査段階において当事者が主張した事実および提出した証拠に限定されるべきであると主張するが、裁判所は明文の規定がない以上、一般の行政訴訟において行政処分が適法であるか否かを判断する場合と同様、新たな主張と証拠をも参酌して委員会の命令の当否を判断することができると解するのが相当であるから、右主張は採用できない。

(二)  また、被告は、本訴における正当な原告は国ではなく郵政大臣であると主張するが、被告委員会が取消を命じた本件減給処分は松山郵政局長が公労法第二条第一項第二号イの事業の経営の主体たる国の機関として行つたものであり、その効果は終局的に国に帰属するものといえるから、国が当事者としての適格を有することは明らかであり、右主張もまた採用の限りでない。

四、よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 吉田良正 高山晨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例